昨晩は実家で経営している飲食店に顔を出し、夜の時間を過ごしていました。
店内はいつも来てくださる馴染みのお客さんたちがワイワイとお酒を楽しんでいる、いつもの賑やかな光景です。
そこへ突然、高齢者グループの団体さんがご来店。
「お、稼ぎ時だぞ!」とワクワクしながら、私も自分にできる範囲でお酒を運んだり、雑用を手伝ったりしていました。
乾杯が始まり、さらに賑やかさを増す店内。
私は注文を受けたり声がかかったりしやすい位置になんとなくスタンバイしていたのですが、そこにいると、聞く気はなくてもお客さんたちの会話が自然と耳に入ってきます。
その中で聞いた話がなんだかとても深く心に残ったので、少しブログに書き留めておこうと思います。
会話の内容は、この同じ街でかつて大きな成功を収めた方々(財を成した方や、大きな成果を上げた方々)を偲ぶ昔話でした。
「あの人たちは本当にすごい成功者だったけど、もう死んじゃったもんなぁ…」
そんな言葉から始まった会話に、あるお年寄りがこう返したのです。
「それもその人の寿命なんだよ。短かった分、人より少し輝き方が強かったのかもしれないな」
そしてその方は、「俺なんか普通だからさ、きっと寿命も長いはずだよ(笑)」と、周りを指差しながら自虐混じりに笑っていました。
つまりその方の持論では、「人生の輝きの強さは寿命と関係している。一生分の光をどこかで一気に凝縮させて輝かせるから短くなるのだ」ということのようでした。
なるほどなぁ、と聞きながら感心してしまいました。
光が強ければ強いほど、その陰(寿命という限られた時間)もまた濃く、短くなるのかもしれない……そんな不思議な説得力があったのです。
輝きが強すぎない分、長く生きることができる(笑)。
もちろん、長く生きることだけが正解かどうかは分かりません。
けれど、そう考えると「人生を焦って急ぐ必要なんてないのかもしれない」と思えてきたのです。
私自身、突然の中途障害者となり、「人生詰んでしまったな…」と焦ったり、失ったものを急いで取り戻そうと気負ったりしていた時期がありました。
ですが、焦って一気に輝こうとするのではなく、じっくりと日々の生活を楽しみながら、自分のペースで「幸福度」を高めていく期間なんだと捉えてみる。
そんな生き方も大いにアリだし、むしろそれが自分らしい道なのかもしれないなと、居酒屋の賑やかな声の中で思わされた夜でした。
