断捨離で気づいた「自分の価値」|思い出のゲームを売ったらラーメン一杯分だった話から考えたこと

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最近、実家の部屋を整理して断捨離をしているのですが、そこでふと気づいたことがあったので書き留めておこうと思います。

部屋を片付けていたら、子ども時代に夢中になって遊んでいたテレビゲームの本体やソフトがゴロゴロ出てきました。さらには、数年前まで使っていた壊れたノートPCまで。

出てきた瞬間は、「あぁ〜懐かしいなぁ」としばしば思い出に浸っていました。

それと同時に、「これだけ昔の貴重なものだし、状態も良いから、きっと良い値段がつくに違いない!」と期待に胸を膨らませて買い取り業者を探すことにしたんです。

ゲームソフトはレトロゲーム専門の買取店へ。 壊れたノートPCはデータ漏洩が怖かったので、データ消去の保証書を出してくれる専門の回収業者へ依頼しました。

どちらも自宅にいながらやり取りが完結して、メルカリみたいにいちいち自分で梱包して発送する手間もなかったので「これはラクでいいな」と思っていたのですが……。

気になる査定金額は、まさかの「その辺でラーメン食ったら終わり」くらいでした(笑)。

あんなに大切で、自分にとっては思い出と価値が詰まった宝物だったのに、市場の評価に置き換えると拍子抜けするほどあっけないものなんだなと、身にしみて実感しました。

「自分が思う価値 = 市場価値」ではないんだな、と。

自分の価値を勝手に決めつけて下げないでほしい

でも、ここでふと思ったんです。

今回は「自分にとって価値があると思っていたものが、市場では安かった」という話ですが、人間自身(自分自身)の価値についても同じことが言えるんじゃないかと。

例えば、誰かに強く怒られた時。 あるいは年齢を重ねたり、病気や障害で現役時代よりできることが減ってしまった時。

「あぁ、俺なんて何の価値もないのかな」と、ついつい自分を否定したくなる瞬間ってありますよね。

でも、そんな風に自分の価値を自分で勝手に下げないでほしいんです。

自分が「自分には価値がない」と思い込んでいるのは、単に自分でそう決めつけているだけ。世の中の評価や市場価値と、あなたの本当の価値はイコールではありません。

自分がどれだけ「自分なんて…」と思っていても、あなたの良さや価値をちゃんと見出して、大切に思ってくれる人はどこかに必ずいます。

女性なら「あの子は可愛くていいな、それに比べて私なんて…」と比べて価値を下げてしまったり、中途障害を抱えた人なら、なおさらその思いが強くなりがちです。

でも、自分が思っている以上に、あなたの価値を感じて見てくれている人はちゃんといます。

「自分にとって大事なものが、他人にはそうでもないことがある」 その逆で、「自分では価値がないと思っているものが、他人にとってはすごく大切な価値になることもある」ということです。

自分の価値を、自分で勝手に決めて下げる必要なんてどこにもないんですよね。

取り止めのないおっさんのひとり言でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

ではでは、また次回お会いしましょう。

世間の査定や他人の評価軸に振り回されることなく、自分にとっての「本当の価値」や心の安心を軸に生きる姿勢は、日々の生活やお守りとなる資産を守る上でも最も大切な考え方です。無駄な出費や他人の価値観に惑わされず、自分らしく「お金を減らさない」本質的な生き方の知恵については、こちらの記事で詳しくまとめています。

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