こんにちは、管理人です。
リハビリや通院を続けていると、不思議と自分と同じような病気や、似た症状の方と話す機会が多くなりますよね。
私が通っているのは脳神経内科やリハビリ外来といった専門性の高い場所ですから、当然ながら「ちょっとお腹が痛いだけ」という人はいません(笑)。そこには、脳血管疾患によって中途障害者になった患者さんがたくさん集まっています。まさに「類は友を呼ぶ」といった空間です。
お互いに相手の症状の大変さがなんとなく理解できるからでしょうか、院内では、不便そうにしている人にそっと手を差し伸べたり、お互いに気遣い合ったりする温かい空気感がいつも流れています。
そんな待合室の光景をぼんやり眺めていて、ふと思ったのです。
**「ここにいる人たちはみんな、本当に優しくて、細かいところまでよく気がつく、繊細な心の持ち主ばかりだな」**と。
そして、同時にこうも思いました。
**「だからこそ、人一倍いろんなストレスを自分の中に溜め込んでしまって、この病気になったのかもしれないな」**と。
そこで、診察を待つ間の暇つぶしに、一人でこんな「妄想」に耽っていました。
私たちがこの病気になったのは、**「もう他人のことばかりに気を配るのはやめて、これからは自分を一番に大事にして生きてください」**という、神様からのメッセージであり、大きなプレゼントだったのではないか、と。
「神様」なんて言うと特定の宗教みたいですが、私はそういうわけではありません(笑)。昔から、人生で起きる説明のつかない不思議な出来事や、九死に一生を得るような体験をしたとき、自分自身が一番納得できて、気が楽になる「解釈の引き出し」として、よくこういう考え方(頭の体操)をしてきたのです。
今回の脳卒中もまさにそうです。本来なら死んでもおかしくないような状況から生き延びるとき、いくら自分が「生きたい」と願っても、生死の最後の決定権は自分にはありません。その見えない決定権を持っている存在を、私は「神様」と呼んでいます。
死にそうなところを助かり、今こうして生きている理由。
それを、「神様が『もう一回ちゃんと生きるチャンスをあげるから、今度は他人のためじゃなく、自分を最優先にして生きなさい』と言ってくれたんだ」**と解釈してみたら、もの凄く腑に落ちたのです。
同じ病気を持つ仲間たちの優しすぎる姿を見ていたら、みんな真面目でストレスを溜め込みやすそうだったからこそ、余計にそう感じました。
今の健康状態がどうであれ、綺麗事抜きに「自分を一番大事にすること」は、きっとみんながやった方がいい大切なことです。我ながら、なかなか良い線をついた解釈ではないかと思っています(笑)。
今日もただの適当な独り言ですが、どこかの誰かの心が少しでも楽になる参考になれば幸いです。

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