最近、思わぬところで「人生の大きな気づき」がありました。
それは、以前の記事でも紹介した私の母(80歳)の、何気ない日常の一コマからでした。 母は時々、地元の高齢者が集まるリハビリ体操の会に参加しています。
最初は「老人ホームみたいで嫌だ」なんて言っていた母ですが、今ではそこでパチンコ仲間の友達もでき、楽しく通っているようです。先日、その様子をこっそり覗いてみたのですが、そこで行われていたダンスの先生のアドバイスが、私の心に深く突き刺さりました。
ダンスの順番を間違えて、あたふたしているおばあちゃんに対して、先生はこう言ったんです。
「間違えても、止まらないで! 音楽の流れに沿って動いていればそれでいいのよ。最後の決めポーズだけみんなと揃えば、なんとなく良い感じになるから」
その言葉通り、おばあちゃんは周りを見ながら自分なりに手を動かし続け、最後の決めポーズを自信満々の笑顔でバシッと合わせました。
すると、不思議なことが起きました。 あんなに間違えていたはずなのに、なんだか上手に見える。むしろ途中のミスさえ「そういうアドリブ(演出)だったのかな?」と思わされてしまうほどの説得力があったんです。
その光景を見て、私は自宅に戻ってから深く考えました。 **「これ、人生も同じじゃないか?」**と。
私のように途中で障害を負うという、大きな「予定外のミス」が起きたとしても、そこで人生という音楽を止めてはいけない。 いろいろ動いて、もがいて、最後に自信満々の笑顔で「私の人生、最高だった!」と締めくくる。
そんなイメージで生きることができれば、途中のハンデさえも「物語に深みを出すための予定通りの演出」に変わってしまうのではないか。そう思ったのです。
具体的にどうすればいいか、正解はまだ分かりません。 でも、目の前のやるべきこと(リハビリや日常)を淡々と積み上げること。 そして、何より「笑顔で、自信満々な雰囲気」で過ごすこと。
それだけで、周りの人たちも「あいつ、人生上手くいってるな」と思わされてしまうかもしれません。
もし今、不遇だ、絶望だと思っている人がいても、悲観して歩みを止めないでほしい。 人生というダンスは、最後の「締め」次第で、どんな味付けにもなる。 私も、最高の決めポーズを目指して、今日というリズムを刻み続けます。

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