日課のニュースサイトを見ていたら、震災から15年という節目にまつわる話題が目に留まりました。
岩手県人会、東日本大震災15年を前に交流深める(Yahoo!ニュース)
そういえば、あの日のことをしっかり記録に残していなかったなと思い、自分が体験した震災当日のことを少し振り返ってみようと思います。
わずか2時間の差が分けた運命
あの日、地震が発生する約2時間前。私は仕事の打ち合わせで、海沿いにあるホテルを訪れていました。
打ち合わせを終えたその場で、急遽、次のお客様との商談予定が入りました。そのために、車で20分ほどの場所にある隣の市へ移動することに。目的地に着いた直後、これまでに体験したことのない大きな揺れに襲われました。
直感的に「津波が来る」とは思いつつも、当時はまだ学校で習った知識の中だけの話。「本当にあるのかわからない」というリアリティのなさもあり、どう避難すべきかさえわからないのが正直な感覚だったのを覚えています。
高台からの叫び声と、真っ暗な帰り道
避難しようにも道路は大渋滞。車の中で「あー、どうしよう」とタバコに火をつけ、何気なく窓を開けた時でした。高台にいた人が叫んでいました。 「おーい!津波がすぐそこまで来てるぞ!こっちに来い!」
私は慌てて、目の前で偶然空いた空き地に車を止め、高台へと走りました。 そこから元の居た場所を眺めたときには、すでに辺りは水に浸かり始めていました。「あー、俺、帰れない。どうしよう」という不安と、降り始めた雪の中、電波の消えた携帯を握りしめ、必死にこれからのことを考えました。
夜になり、少し道路状況が落ち着いたのを見計らって、一か八か車を走らせました。街灯がすべて消えた、真っ暗な夜。路面には亀裂が入り、家屋の塀が倒れている厳しい状況でしたが、見上げた夜空の星だけは、驚くほど綺麗だったことを鮮明に覚えています。
ようやく会社に帰り着いたとき、仲間たちが私の姿を見て「生きて帰ってきたこと」を本当に喜んでくれました。
振り返って思う「生かされている」という実感
後日、被災地の被害状況を空撮した映像を見ました。あの日、私がいた場所のすべては、津波で水没、または倒壊していました。 わずかな時間のズレ、急に入った予定、あの時開けた窓。いくつもの偶然が重なって、私は「生かされた」のだと改めて強く感じました。
私は今、脳卒中という病気と向き合っています。死の淵から生還を果たすような経験をすると、時に「あのまま死んでもよかった」と口にする方もいます。 でも、あの日、仲間が私の帰還を喜んでくれたように、あなたが生きているだけで、それを心から喜んでくれる人が必ずいます。
俯瞰して見える「学び」と「感謝」
私が危険な地帯を脱出できたのは、必死に高台の方向を見ようとしたり、周囲に注意を向けていたからでもありました。人生の困難に直面したときこそ、少しだけ顔を上げて、物事を「俯瞰(ふかん)」して見てほしいのです。
今の苦しみも、大きな視点から見れば、何か生涯役立つ大切な学びがあるはずです。「この困難は、自分に何かを教えるために起きた出来事なんだ」と思えたとき、心の中には愚痴や不満だけでなく、不思議と「感謝」の気持ちも湧いてくるのだと思います。
津波で死にかけ、病気で死にかけ、しぶとく生きていますが、この経験が誰かの役に立てば幸いです。
どんな状態でも、生きてみてください。生きているだけで、良いことはありますよ。


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