脳卒中で半身に麻痺を負うと、それまで当たり前だった「歩く」という動作が、命がけの作業に変わります。 多くの患者さんは、歩行を助ける「杖」や、麻痺した脚を支える「装具」を装着することになります。
しかし、この道具たちが、実はリハビリ現場では少々「厄介な感情」の対象になっていることを、ご存知でしょうか。
1. 「道具を使わないこと」への強い固執
リハビリ施設では、杖や装具を使わずに歩けるようになった人は、いわば「リハビリの成功者」としてチヤホヤされます。他の患者さんからも羨望の眼差しを向けられる存在です。
逆に、杖や装具を使っている自分を見ると、「ああ、私は障害を負ってしまったんだ」という気持ちがどうしても増幅してしまいます。以前のようにスタスタ歩けない自分を、情けないと感じてしまうのです。
その結果、無理をして道具を手放そうとし、転倒して骨折し、病院へ逆戻り……という「本末転倒」な方を、私は何人も見てきました。
かつての私もそうでしたが、今ならわかります。 大切なのは「執着を手放し、道具の見方を変えること」ではないでしょうか。
2. 装具は「脚の眼鏡」と同じである
私がたどり着いたのは、**「装具は、目が悪い人がかける『眼鏡』と同じだ」**という考え方です。
視力が弱い人が、よく見えるように眼鏡をかける。 それと同じで、脚の力が弱い時期に、安全に歩くために装具を付ける。 そう捉えるだけで、「障害者だから付けている」というネガティブな重圧が、スッと軽くなる気がしませんか?
眼鏡だって、ずっとかけ続けている人もいれば、大事なものを見るときだけ使う人もいます。装具もそれと同じでいいのです。 「安全のために今は使うけれど、練習のときは外して自分の脚の感覚を育てる」 そんな風に、道具と柔軟に付き合っていく。
「これがないと歩けない」という強い執着(不安)を手放し、今の自分を助けてくれる相棒として認めてあげる。 不思議なことに、意識が変われば、結果(身体)もついてきます。
3. 「執着」を手放した先にあるもの
私は今、おかげさまで杖も装具も卒業し、自分の脚で歩けるようになりました。 振り返ってみると、道具を忌み嫌っていた頃よりも、「脚の眼鏡なんだから、今は借りておこう」と気楽に構えられるようになってからの方が、回復がスムーズだったように感じます。
「普通」に戻ることに固執して焦るよりも、今の自分を支えてくれる存在に感謝して、一歩ずつ進む。 それが、結果として「卒業」への一番の近道だったのです。
結び:あなたの歩みを支えるもの
誰に見栄を張る必要もありません。 一番大切なのは、あなたが安全に、そして一歩でも前へ進むことです。
もし今、杖や装具を使うことに抵抗を感じているのなら。 それは、あなたの歩みを助けてくれる「新しい眼鏡」だと思って、少しだけ仲良くしてみませんか?
私のこの取り止めのない考察が、誰かのこころを軽くするヒントになれば幸いです。

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