哀しみを知らぬ者に勝利はない。北斗の拳「ケンシロウ」と「高市総理」に学ぶ不屈の精神。

【PR】この記事にはプロモーションが含まれます
【PR】この記事にはプロモーションが含まれます
日々の雑記

今日は少し暇を見つけて、若い頃に夢中になった『北斗の拳』のDVDを観ていました。
しかし、年齢を重ね、さらに脳卒中という大きな壁にぶつかった今観てみると、当時とは全く違う「響くセリフ」に出会いました。

■ ラオウに足りなかったもの、ケンシロウが掴んだもの 物語の中で、最強を誇るラオウは、北斗神拳の究極奥義を身につけようともがきます。しかし、師父リュウケンは彼にこう言い放ちます。 「ラオウよ、哀しみを知らぬ男は強くなれぬのだ」

主人公ケンシロウは、数々の苦難や別れを経験し、その「哀しみ」をすべて背負うことで、ついに究極奥義「無想転生(むそうてんせい)」を体得します。そして宿敵ラオウと対峙した時、そこにあるのは憎しみではなく、尊敬と感謝の念でした。

■ 脳卒中の「哀しみ」を、強さへ変える 「哀しみを知らぬ者は強くなれない」 この言葉を、今の自分たち「脳卒中患者」に当てはめてみました。

突然の罹患、動かない体、将来への不安。 私たちが経験したあの底知れない哀しみは、もしかすると人間として一回り「強く」なるために必要なプロセスだったのではないか。 もし、リハビリの辛さに心が折れそうになった時は、この言葉を思い出してほしいのです。その哀しみの先にこそ、本当の強さが待っているのだと。

■ 現実の世界で「無想転生」を体現する人 これは漫画の中だけの話ではありません。現実の世界でも、痛みや困難を乗り越えて強さを示す人物がいます。高市総理大臣もその一人ではないでしょうか。

彼女は選挙戦の最中、持病の関節リウマチが悪化し、野党から心ないバッシングを受けました。しかし、彼女はその痛みと困難を乗り越え、結果として圧勝を収めました。 その姿は、まさに哀しみを背負って強敵(とも)を越えていくケンシロウの姿に重なります。

■ 困難は、人を強くするための試練 アニメの話、政治の話。

ジャンルは違えど、共通しているのは「痛みを知る者は、知らぬ者よりも深く、強く立ち上がれる」という真理です。

今の私たちが抱えている不自由さや哀しみも、いつか自分を支える「究極の奥義」に変わる日が来ると信じて。 今日も一歩、前へ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました