【リハビリの智慧】「回復」という妖精が見える人、見えない人。

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リハビリ

リハビリ施設でのひとコマです。 私の通う施設では、20分ほど体を動かすと、水分補給などの名目で5分間の休憩時間があります。利用者同士、適当な雑談に花が咲く穏やかな時間です。

しかし、そこで交わされる会話から、私はある「重要な真理」に気づかされることがあります。

1. 「結果」の裏にある「プロセス」を見ていますか?

リハビリの回復速度には、どうしても個人差が出ます。 なかにはメキメキと回復していく人がいて、それを見たある利用者がこう漏らしました。

「〇〇さんは、もともとの症状が軽くていいよねぇ……」

私はその言葉を聞いて、少し驚きました。 なぜなら、私の目には全く違う景色が映っていたからです。

その「回復が早い〇〇さん」は、休憩時間以外のほとんどを、誰よりも黙々と、一心不乱に訓練に捧げています。私が「〇〇さんは今日も頑張っているな。回復が早いのも当然だ」と感じていた裏で、別の方は「あの人は運が良い(症状が軽い)だけだ」と結論づけていたのです。

同じ場所で同じ人を見ていても、視点ひとつで、世界はこれほどまでに変わります。

. 松本人志さんが語った「笑いの妖精」

この状況を目の当たりにしたとき、ふと、ある二人の著名人の言葉が脳裏をよぎりました。

一人目は、ダウンタウンの松本人志さんです。 かつて彼はお笑いについて、こんな趣旨のことを語っていました。 「お笑いは妖精のようなもの。笑おうと決めた人にしか見えない」

最初から「笑うもんか」と心を閉ざしている人に、笑いの妖精は決して姿を見せません。 リハビリも同じではないでしょうか。「どうせ無理だ」「あの人は特別だ」と否定から入ってしまうと、目の前にある「回復のコツ」や「体の微かな変化」という妖精は、その人の前を素通りしてしまいます。

まず自分から「良くなろう」と決め、心を開くこと。 その「受け取る器」を作らない限り、どんなに良い環境にいても何も始まらないのです。

3. 小泉元総理が示した「聞く耳」の境界線

もう一人は、小泉純一郎元総理です。 かつて国会で、野党からの激しい追及に対し、彼はこう言い放ちました。 「説明しても聞く耳を持たないあなたに、何を言っても無駄だ」

どれほど正論を尽くしても、相手に「受け取る意志」がなければ、それはただの雑音に終わります。 リハビリの現場でも、目の前に「努力で回復している人」という最高の答えがあるのに、「他にもっと楽な、もっと良い答えがあるはずだ」と外を探し回ってしまう。

答えは外にあるのではなく、自分の「見方」の中にすでにあるのです。

誰が良い、悪いという話ではありません。 ただ、もしあなたが誰かを羨ましく思ったり、運のせいにしたくなったりしたときは、少しだけ視点の解像度を上げてみてください。

「あの人が好調な理由(ポジティブな背景)は何だろう?」 「自分に盗めるコツはないだろうか?」

そう思って相手を観察し、ときには率先してコツを聞きに行ってみる。 受け取る準備ができたその瞬間から、あなたの前にも「回復の妖精」が姿を現すはずです。

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